自分には価値がないから死んだ方がいいと思ってた私が生きる意味を見つけるまで

うつ病
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この記事を書いた人
真衣

このブログは
私が36歳でうつ病になってから40歳で完治するまでにやってきたこと、学んだこと、うつ病を治す上で大切なことなどを書き留めたものです。

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はじめまして、真衣です。

 

私はずっとずっと”自分は価値がない人間”だと思っていました。

40年間ずっとです。

 

自分は何の価値もない、むしろ自分の存在は害だと思っていました。

生きているだけで邪魔なんだと思っていました。

ゴミクズなんだと。

なんで私みたいな人間が生きているんだろう?と、

自分の存在価値がまったくわかりませんでした。

だから、生きるのが辛かったです。

 

でも、今はうつ病を克服したことをきっかけに

自分の価値というものの意味がわかったおかげで心が楽になりました。

物心ついたころにはすでに無価値な人間だと認識していた

私は4歳のころから吃音(吃り)という言語障害があって

普通に人と話すことができませんでした。

楽しく話していても突然言葉が出てこなくなってしまうことがあります。

今でもあります。

 

 

たとえば、

私は「アイスクリーム」と言おうとしているのに

「、、、ア、、、アッ、、、アッ、」

という感じで、口からちゃんとその言葉を発声することができなくなるんです。

そうなると相手に「なにこの人、変な人!」って思われるのが怖くて、変な風にその場をごまかしておかしな空気になって気まずい思いをしてしまいます。

自分の話したいことがちゃんとしゃべれない…

歯がゆくて、悔しくて、

いつも自己嫌悪に陥ってしまいます。

本当に辛いです。

 

 

学校では授業で発表や本読みがあってあれは本当に地獄でした。

答えがわかっていてもその言葉が発せなくて答えられなかった。

本読みなんて絶対にできなくて

怖くて震えてただうつむいてしまうだけでした。

 

クラスメイトから

「お前、本読みしたくないから黙ってるだけだろ!

ちゃんとやれよ!」と非難されたり

「なんでしゃべらないの?」とか言われました。

 

「これは吃音なんだ。私だって言いたいけどできないんだ!」

って言い返したかったけど、何も言えませんでした。

その言葉すらでてこなかった…

 

どうして私は

ただ”しゃべる”ということができないんだろう。

言いたいことを言うことができないんだろう。

他の人はみんな当たり前にできることなのに

なんで私だけ…

 

普通の子が普通に当たり前にできる”しゃべる”ということが

私にはできないことでした。

小学校に上がる時に親は障害者学級に入れることも検討したそうです。

でも「その程度だったら普通の学級にしていいんじゃないか」と人から助言をされて普通の学級に入れられました。

昔はそれをすごく恨みました。

どうせなら障害者でいたかった。

障害者ならだれからも文句は言われないしつらい思いもしなかったのに、と。

 

私は普通ではないがために

学校では浮いた存在でしたし、私のことを理解してくれる友達は少なかったです。

 

みんなが普通にできることができない私は

なんで私はこんなふうに生まれたんだろう

なんでこんなおかしな中途半端な障害を持っているんだろう

私は普通じゃないんだ

普通以下なんだ

ダメ人間なんだ

価値のない人間なんだ

 

5歳ぐらいの時からずっとずっとそう思っていました。

 

誰からも理解されることもなく、いつもいつも辛い思いをしてきました。

毎日が辛かったです。

学校が大嫌いでした。

学校に行くのがイヤで休みたかったけど、親は無理矢理行かせました。

私の親は世間体や周囲の目をとても気にする人でした。

「不登校なんてみっともない!恥ずかしい!」

と、私の苦しい気持ちよりも世間体が何よりも大事だったんです。

そういう親ということを認識していたので

私は親に「つらい」とか「いやだ」とか、自分の思いを何も伝えない子供でした。

「何を言ってもこの人にはわからないんだ」と思って理解してもおうとすることを端からあきらめてしまっていました。

私は誰からも理解されない、受け入れてもらえない。

私には逃げ場がありませんでした。

 

 

そして小学校4年生の時、私は自殺しようとしました。

生きているのが辛くて辛くて耐えきれなくなったんです。

 

自分の部屋で一人で泣きながら手首を切ろうと

カッターを握りしめ手首に歯を押し当てました。

 

でも、怖くて切れませんでした。

 

死ぬ勇気もない自分を恨みました。

死ぬ勇気があればもう苦しまなくていいのに!

ヘタレな自分が情けなくて

死にたくても死ねない自分が惨めで

死にたいのにどうして死ねないの!?

私はどうしたらいいの!?

もういやだ!!!!!!

悔しくて苦しくて情けなくて

ただただ泣き崩れました。

 

あの時の光景は今でも忘れられません。

夕日が沈む直前の赤く染まる暗い部屋で

私はひとり、絶望して泣いていました。

 

子供時代は毎日が地獄だったので

私には楽しかった記憶や嬉しかった記憶がほとんど残っていません。

つらい経験の印象が強すぎて思い出せないのかもしれません。

 

社会人というプレッシャーがさらに追い打ちとなった

大人になってからも吃音は治りません。

仕事を始めたら勢いで自然に治るかとも思いましたが全然治らなくて、何度も惨めな思いをしました。

会社では電話をとった時に会社名を言わなければなりません。

なのに声が出せなくて…

電話をうっかり落としてしまった、という設定にして

ガチャン!とかかってきた電話を無言で切ったりしました。

そんなことをしたら会社の信用の失うことになるかもしれない非常識な行為というのはもちろんわかっています。

 

でもその時は自分にはどうしようもできなかった。

必死にがんばってもがんばっても声が出なかった。

「私は最低だ!」

「私は普通に社会人になれないんだ!」

って自分を責めました。

 

仕事は楽しくてやりがいもあったし

上司や社長、取引先にも仕事を褒められ認められていました。

なのに、電話という基本中の基本みたいなことができない自分。

 

情けなかったです。

仕事は楽しいのに。やりたいのに。

電話をとるという社会人として当たり前のことができない。

 

いくつか会社を転々としましたが、結局いつも電話ができないことがネックになって退職してきました。

 

26歳の時、ある日とうとう心が折れました。

仕事は普通にできても電話ができないんじゃ社会人として意味がない。

私は結局どんなにがんばっても無能な人間なんだ!と

仕事をどんなにがんばっても一生懸命やっても私には価値がないんだ

そう思いました。

 

心が折れたその日、家に帰った瞬間

いい大人が「うわ~~~っっっっ!」って大声で泣きまくりました。

「もういやだーーーー!!!!」

「なんで私はなにをやってもうまくできないんだ!!」

大声で叫んで、泣き叫びました。

これでもかというほど腹の底から泣いて泣き叫びまくりました。

 

そして、

今までがんばってきた糸を切って

「私はまともな職には就けないんだ」と、あきらめることを決意しました。

そこからは正社員やキャリアアップなど上を目指すことは辞めて

アルバイトでそこそこ自分のやりがいのある仕事ができればいいやと思ってアルバイトで働くことに決めました。

 

時々、自分がまともな仕事ができないことに歯がゆさを感じることもありますが、自分はその程度の人間なのだから仕方がない、と言い聞かせるようにしました。

 

また

吃りで話すことが苦手なので人間関係が基本的にうまく行きません。

友達は少ないですし、友達になってもいつも友達が離れていってしまいます。

人が怖いので壁を作ってしまって常に距離を置いてしまって

人と仲良くなるということが難しいのです。

 

 

吃りが原因で

私は仕事も人間関係もうまくいったことがありません。

そして36歳の時、重度のうつ病になりました。

仕事も何もできなくなり、人生最大のどん底に陥りました。

 

私は一体なんのために生きているんだ

こんな自分の価値って一体なんなんだ

生きる意味があるんだろうか、と

毎日のように考え、答えがわからず苦しみました。

 

 

これだけ生きてきて

どんなにどんなにがんばってもなにも上手く行かない

辛いことしかない

私はなんでこんな辛い目にばかりあわなきゃいけないの?

なんでこんな人生なの?

 

誰かから必要とされることもなく

何の役にも立たず

自分の価値なんて何一つ無い

 

これから何のために生きていったらいいのかわからない

どういう生き方をしたらいいのかわからない

真っ暗闇を目の前に、恐怖で立ちすくんで身動きがとれない

そんな毎日が4年間続きました。

 

暗闇から抜け出すきっかけになったもの

うつ病になった時に私は少しづつ本を読むようになりました。

 

元々読書はすごく苦手で全然本を読む習慣がなかったのですが

「なにかしなきゃ」という焦りと、

何もせずにじっとしているとネガティブな思考に支配されてしまうのでそれを防ぐために、とりあえず図書館通いを始めたんです。

 

何気なく目に留まった一冊の本から、

心理学や自己啓発の本をよく読むようになりました。

 

それらの本は、私のズタズタになった心を癒やしてくれる言葉がたくさんあって

私は本によってかなり救われました。

 

あの時出会った本がなかったら今の私はなかったです。

うつ病から抜け出す手助けになってくれました。

 

本という存在がこんなにも自分を救ってくれるものとは思ってもみませんでした。

 

私は子供の頃から本を読むのが大嫌いでした。

本って何のためにあるのかとか

本を読むことの何が良いのかとか

全然わかりませんでした。

 

なのでどういう本が世の中にあるのかも知らないし

何の役に立つのかも何もわからない世界でした。

 

でも、たまたま見つけた心理学の本にハマり

そこから色んな本を読むようになって

どんどん自分の世界が広がって行きました。

 

心理や思想という分野の本を読むことによって

今まで自分の中に無かった”考え方”を知ることができました。

 

私は今まで36年間生きてきた中で

一度も出会ったことのない考え方に出会って

衝撃を受けました。

 

そして世の中の広さを知りました。

 

自分が今まで考えてたことが

ものすごくちっちゃくて狭くて

固執してたことがわかりました。

 

世界は広いんだってことを知って

だったら自分にもまだまだ

可能性があるんじゃないかって

希望を持つ気持ちになっていきました。

 

本によって世の中と自分の認識が変わっていったんです。

 

本を読む前までの一年間は

うつ病で絶望しかなく

ただ泣いて不安で何もできなくて

死にたくて死にたくてどうしようもなかったのに

「チャレンジしよう」

「私にはできる」

っていう気持ちに変わって行きました。

 

私は自分のネガティブな思考がどんどん変わっていくのが楽しくて

それからますます本を読むようになりました。

 

そして

私は認知と思考を変えることで

うつ病が治りました。

 

とある日

朝起きた時にワクワクしてて

いつもの景色が輝いて見えたことを

今でも忘れることができません。

 

うつ病の時に毎日襲ってきた

胸の苦しさがなくなっているのに気づいて

「私、もう苦しくない」

ってつぶやいたこと。

今でもはっきりと覚えています。

 

あの時

私はうつ病から完全に開放されたことを実感しました。

 

自分の価値のなさに苦しんで

死にたいと思い続けていた私ですが

考え方を変えたらその思いはなくなりました。

 

私は自分に価値がないことに絶望していたけど

自分に価値をつけることでそれを克服したわけではありません。

 

私はただ、考え方や認識が変わっただけです。

考え方が変わるだけで

心の持ちようが変わります。

 

そしてそれが日常を変えます。

そしてうつ病も治りました。

 

自分の脳内の使い方がちょっと変わるだけで

こんなに世界が変わるなんて

想像もしていませんでした。

 

考え方が変わるっていうのは

ようは認知行動療法と仕組みは同じです。

 

認知行動療法はうつ病の治療に用いられている治療法で

うつ病には効果のある治療法として認知されています。

うつ病の主な原因はストレスです。

 

脳内のストレスはどうやったら生まれるかというと

ほとんどは自分が作り出すものです。

 

前から歩いてきた人たちが

自分を見てヒソヒソ何か話している場面に遭遇した時

「私の悪口言ってるんだ」

と考えるか

「私のこときれいだって噂してるのかな?」

と考えるか

事実はわからなくても

想像するのは本人です。

 

そこでどういう思考をするかによって

気分が悪くもなるし楽しくもなります。

 

状況が同じでも認知や思考の違いで

良くも悪くもなるのは

本人次第です。

 

同じ状況の中で

良い気分でいられる選択ができた方が

人生得です。

 

だから思考を変えるというのは

とてもコスパが良いのです。

 

思考なので一度変えたらそう簡単に戻ることもありません。

 

私は思考が変わることができて

本当に良かったと思ってます。

 

思考が変わるっておもしろいです。

同じ世界に生きてると思えないような

楽しみや喜びを味わうことができるから。


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コメント

  1. ぴーた より:

    こんばんは。
    惨め 生きてる価値ない 死にたい と検索したらこの記事が一番上に来たので読ませていただきました(不愉快な言葉ですみません)
    真衣さんはうつ病を克服されて今は元気ということでよかったです。
    私はまだ先が見えず苦しい状態で、いつになったら抜け出せるんだろう・・・とかなりブルーになっています笑
    自己啓発本をはじめ引き寄せなどうさんくさい方面まで手を出したんですが、全然変われずむしろ余計惨めになった気がします。
    色んな方のブログを読んでいると、「どんな自分も責めなくていい」といったことが書いてあるんですが、私にはそれができず常に自分を責めてしまいます。
    あと私も吃音もちで人付き合いで苦労しました。
    私の場合は最初の文字が発音しづらくて、そこが言えればあとはスラスラと喋れるタイプです。
    何か喋ろうとしても、「・・・ッ・・・・ッ・・」(口だけ動いている)みたいな状態になって何度も周りから(なんだこいつ・・・)という目で見られました笑
    なのでいつも最初は「えっと」とか「あっ」って言うようになってしまいました。
    真衣さんは辛い時でもお仕事をされていたんですね。
    ほんとにすごいです。
    実は私就活から逃げてしまって今ニートです。
    働かないといけないんですがもう長年人付き合いを避けていて社会に馴染める自信がありません。
    空白期間もできてしまったのでもうまともな人生歩めないのかな、大学在学中に死ぬ気で頑張らなきゃいけなかったのかなとか自己嫌悪で辛いです。

    すいません急に長文で。
    相談できる人がいなくて寂しかったのでつい自分語りしてしまいました。

    • 真衣 真衣 より:

      ぴーた様

      こんにちは。
      先が見えないお気持ちよくわかります。
      私もずっとそうでした。
      治る気もしなかったし、まともな生活に戻れることも想像できなかったです。

      吃音と社会に馴染めない不安もあれば
      さらにその不安は強くなりますよね。

      私もいつも自分を責めてました。
      「私のこれまでの行いが悪かったから今こうなんだ」
      「私が必死に頑張ってこなかったからこうなった」
      と。

      今となってははっきりわかるんですが、
      何か悪いことをしたらとか頑張らなかったから今が最悪なんだ
      というのはただの思いこみです。

      目線というか視点というか、
      ものの捉え方次第でその思い込みは変えることができます。

      そういうのブログにもっとちゃんと伝えられるようにしていきたいです。

      この度はコメントいただきとても励みになりました。
      ありがとうございました。

      真衣

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