「もう生きていけない」と思ってた 私がうつ病発症から完治するまで

こんにちは

真衣です。

私がうつ病を発症してから克服するまでをお話したいと思います。

最初に簡単に”私のうつ歴”をまとめておきます。

年月 年齢 事柄

2012年4月

35歳

マンション上階の騒音が始まる(うつの原因)

2012年6月

35歳

身体がおかしいと感じるようになる

2012年8月

36歳

心療内科受診・うつ病と診断される

2013年3月

36歳

仕事を退職・実家に移住

2013年6月

36歳

リストカットするようになる

2013年11月

37歳

断薬 (薬と医者を辞める)

2014年9月

38歳

東京に移住

2014年11月

38歳

働き始める

2016年9月

40歳  ほぼ完治

うつ病発症の原因

私がうつになった発端はマンション上階住民の音でした。

10年ぐらい住んでいたマンションで

それまではとても静かで住心地が良かったのですが、

ある日2階に引っ越してきた住人が「ガツンッ」「ゴツッ、ゴツッ」と妙な音を立てる人でした。

最初は「いやだなぁ、ちょっと気になるな…」ぐらいの感じでしたが、

次第に音に過敏になっていき、とうとううつ病の症状を発症しました。

身体は常に硬直して緊張状態。

心臓がバクバクして痛みを感じる。

呼吸が苦しい。

暑くもないのに変な汗が出ている感じがする。

普通に朝起きるのもつらい。

朝の身支度がしんどい。

お風呂がしんどい。

歩くのがしんどい。

身動きひとつひとつがしんどい。

「つらい…もう限界…」

うつ病の症状だということはネットで調べてすぐにわかりました。

そして心療内科を受診し、あっさりうつ病と診断されました。

上階の騒音はそれからもずっと続きました。

マンションの管理会社に相談し対応してくれたらしいのですが、音は無くなりませんでした。

仕方なく私は引っ越すことを考え始めました。

そのマンションは気に入っていたので引っ越すつもりなんてなかったんですが…

「なんで私がこんな目にあわなきゃいけないんだろう」

悔しさと憎しみの中、家探しをするのは本当つらかった。

全然前向きになれないし。

身体がしんどくふらふらになりながら

3ヶ月ほどいろいろ物件を見て家をさがしました。

でも、がんばって契約寸前というところまで行っても

何かしら不安が沸き起こってきて引っ越しに至ることができませんでした。

今思うともう思考がまともではなかったんです。

家を借りる時は大金がかかりますから、普通の人でも精神的負担が大きいものだと思います。

それがうつ病で脳内がぐちゃぐちゃの状態でやろうとして精神的負担が大きすぎて正常な判断ができなくなっていたんだと思います。今思うと。

結局不安に押しつぶされてしまって決断が出来ず、引っ越しができませんでした。

そのこともあってか、この頃から自己否定がどんどんひどくなっていきました。

なんで私は引っ越しすらできないんだろう。

このままどうしたらいんだろう。

どうやって生きていけばいいんだろう。

どうして自分は何をやってもうまくいかないんだろう。

これまでの自分の人生すべてを否定することしかできませんでした。

現状が悪いのは自分が悪いからなんだと自分を責めました。

そうしているうちに、私はこれまでの自分の人生と今後の将来のことを深く考えるようになっていきます。36歳という年齢のせいでしょう。

これから私はどうやって生きていくべきなのか?など、あーでもないこーでもないと頭を巡らせる日々が続きました。

まず、仕事について。

仕事は自分の好きな仕事をしていて楽しかった。

でも、この仕事の将来性の低さをリサーチして知って

将来がヤバイ、かもしれないと考えました。

そして今後の自分の仕事のことをもうちょっとちゃんと考えた方がいいかもしれない、と思うのですが答えが見つからず混乱するばかり。

10年後、20年後、私は一体何をしているんだろうか。

今の仕事じゃ絶対にやっていけない。

私、このまま生きていけるんだろうか?

何も考えずにやってきて、私って相当やばいんじゃないだろうか?

人生について迷走しはじめました。

どう生きていけばいいのかがわからなくなってしまったんです。

そしてうつ病はどんどん悪化していって

会社に行けない日が増えていきました。

会社に行けない自分が惨めで情けなくてさらに自分を責めました。

自分を責めまくって泣きまくって、でもどうしようもなくて。

ある日私はパニックに陥りどうしようもなくなり、

泣きながら実家の母に電話を掛けてしまいました。

それまでは母に心配をかけてはいけないと思ってできなかったんです。

母に「今すぐ帰ってきなさい!」と言われ

何も考えずとにかく実家に帰省しました。

実家は落ち着きました。

上階の音がないので。

それだけでも天国のようでした。

でも、今後の将来のことや人生のことを考えると不安で不安で

実家にいてもずっと泣きなら暮らしていました。

料理をしてても涙が出て来るし、お風呂に入っているだけでも泣いてしまいます。

実家は一時的な避難所ではあったけど、それでうつが改善することはありませんでした。

そうやって時々実家に一次避難に帰ってはまた戻って

というのを繰り返す生活がしばらく続きました。

ですが、事態は何も変わることはなく

うつ病はどんどんひどくなっていきました。

とうとうほとんど仕事に行けなくなりました。

会社からも「このままでは困る」と言われ、退職せざるえない状況になりました。

仕事が無くなった

そして、働くことができない

収入がない

ボロボロでまともに生活もできない

もう、私には何も残っていませんでした。

どうすることもできませんでした。

仕方なく私は実家に引っ越しをすることになりました。

実家へ移住し、うつはさらに悪化した

実家には母と弟が住んでいます。

父は私が27歳の時に他界しています。

36歳になった娘が仕事と家を失って実家に舞い戻って来る…

しかも家ではずっと泣いている。

家事もままならない。

普通の生活すらままならない。

母と弟にとったらとんだ迷惑だったでしょう。

実家暮らしを始めたことでようやく騒音から逃れることができました。

9ヶ月ぶりに日々の平穏が取り戻せました。

しかし騒音が無くなったからといってうつ病が治るわけではありません。

むしろ、ますます悪化していきました。

この先の自分の人生を考えると恐怖と不安しかありません。

今後、実家の田舎で暮らしていくのか?

また東京へ戻れるのか?

仕事はどうするのか?

どちらを想像しても不安と恐怖で吐き気をもよおしてしまいます。

実家の方でアルバイトでも始めてみようかと何度も考えましたが

働くことへの自信がなく、怖くてできなかったです。

うつ病なんてなかったら本当は実家になんて引っ越したくなかった。

本当は東京に住んでいたかった。

私は何度も何度も実家に引っ越してしまったことを後悔しました。

意地でも東京に居座れば良かった、と。

36歳うつ病再就職

このことを考えるとお先真っ暗で希望なんて持てません。

この先一生実家に居座っていられるわけでもないし。

いつかまた自分の力で生きていくことになるのかと思うとそれだけで怖くて何も考えられないし考えたくありませんでした。

リストカット

そうやって不安と恐怖だらけの日々を送っていたある日

突然

「死にたい」

という衝動が沸き起こり、気づいたら自分の手首を切っていました。

「もういやだ!」

「死にたい!」

「死にたい!!」

自分を殺したかった。

もう生きているのがつらすぎて耐えられない!

自分の両腕の皮膚が見えなくなるまで切り刻み続けました。

自分を責める気持ちがそうさせたのか

単純に死にたかったのか

理由はよくわからない。

切った後にちょっとだけ気分が落ち着いてスッキリしていることに気づき、

それ以降、何度もリストカットを繰り返すようになりました。

断薬

それから3ヶ月ぐらい、状況は何も変わりはしませんでした。

うつ症状はあるし、この先の人生をどうするか、どうやって生きていくかも何もわからないままでした。

しかし、ここで私は断薬を決意します。

“断薬”とは言葉の通り薬を断つ(辞める)こと。

正直なところ、「私はうつ病です」と言えば、誰かが手助けしてくれるのではないかとか、国が援助してくれるのではないかと、どこかで他者に期待をしていた部分があったんですよね。

が、いくら他者を頼っても限界があり、結局は自分でなんとかしないといけないんだということがだんだんと分かってきて、本気でうつ病を治そうって思うようになったんです。

実は私は薬が病気を治していないことは昔からわかっていました。

薬に限らず、医療はすべて対処療法であって

病気を根治させるものではないということ。

私は父がガンになった時にそのことを知ることができました。

それをわかった上で薬を飲み始めました。

薬は飲んでいる時だけ一時的に症状を抑えるものです。

”飲み続けたら治る”という性質はそもそも無いのです。

でも、心療内科に初めて行った時

私はあまりにも苦しくてつらくて耐えられなくて

「一時的でもいい!この苦しみを少しでもいいから楽にしたい!」

と藁にすがる思いで薬を求めたんです。

それから私は「一時的な気休め」として飲み始めたものだということをすっかり忘れていました。

飲むのが当たり前になってしまって薬に依存していたんです。

ですが、よくよく考えたら私は薬を飲んだからってそんな特別症状が良くなるわけではありませんでした。

ほんの少しだけうっすら効く程度だったんです。

なのに一年以上も薬を飲むことが当たり前になってしまっていました。

心療内科に通い、薬を飲むことが当たり前のことになって

薬を飲んでいてもうつ病は治らない

ということを忘れてしまっていた自分に気が付きました。

とりあえず意味のないことは辞めよう

と私は決心をします。

薬を辞めることにしました。

騒音で気が狂いそうだったあの時よりは症状はマシだし

薬が無くても大丈夫、と思えたので。

断薬の離脱症状はまるで拷問だった

私は2週間ほど徐々に減薬して、そこから一気に断薬しました。

減薬をもっとゆっくり時間をかければ離脱症状はそこまでひどくはならないのでしょうけど、私はさっさと薬をやめてしまいたかったので一気にやりました。

断薬は思った以上に辛く壮絶でした。

麻薬中毒患者が麻薬を禁じられてベッドで「薬~」「薬~」とうめいている映画のシーンを見たことがありますが、まさにあの状態。

体中の筋肉がガチガチに硬くなって痛くて眠れない。

「パシーン!パシーン!」という幻聴が何度も聞こえてくる。

体中が痛くて眠れなくてどうにかなりそうでした。

気が狂うかと思いました、本当に。

毎晩毎晩ベッドの上をのたうち回りました。

それが一ヶ月弱続いたのだから、本当に地獄。

途中で「もうほんと勘弁して!」って叫びそうでした。

ほとんどごはんが食べれなくなって

体重が一気に4kg減りました。

身体がフラフラで全身の痛み、疲労は尋常ではありませんでした。

精神薬は麻薬とほぼ同じ”とよく云われていますが

この離脱症状を味わって、本当にそうなんだなと身を持って実感しました。

断薬は本当にめちゃめちゃ苦しいです。

地獄です。

拷問に近いです。

その苦しみを和らげてくれたのは断薬.comという断薬体験談のサイトでした。

何人もの体験談を読んで

「みんなも私と同じ苦しみに耐えてがんばってるんだ」

と思えることでなんとか耐え抜くことができました。

このサイトがなかったらたぶん私は断薬できていなかったと思います。

それぐらい励みになりました。

そして激しい離脱症状が一ヶ月近く続きましたが

徐々に症状が落ち着いていって

断薬開始から2ヶ月後には「もう薬はいらない!」と言える状態になりました。

うつの不安感や心臓の痛み、動悸などはありますが、

薬を欲する気持ちは起こらなくなりました。

少しづつの変化

それから2ヶ月後ぐらいから

「なにかやらなきゃ!」と何かしら行動しようとする意欲が出てきました。

行動といってもそんな大したことではなく、

昼間ずっと家にこもっているだけだったのを

わざわざ遠い場所に時間をかけて歩いて出かけたりするようになりました。

そして、いつのまにか書店通いが定着していき、本が好きになっていました。

私は元々活字が大の苦手で本は大嫌いでした。

文字がびっしりかかれた本なんて読む気になれません。

ですが、私が本が嫌いなのは単に食わず嫌いなだけということがわかりました。

本の世界を知らなすぎただけだったんです。

無職でお金がなかった私はあまり本が買えなかったので

図書館通いが日課になりました。

そうしてそこで読んだ本によって

私は少しづつ思考や考えが前向きに変わっていったんです。

私はたくさんの本に触れることによって

自分がどれだけ無知で視野が狭かったのかを思い知りました。

自分の中の小さな小さな世界観だけで物事見ることしかできていなかった。

世の中は広い、とてつもなく広い。

こんな人もいる、あんな人もいる、こんな考え方、あんな見方、

こんな捉え方、あんなやり方、こんな生き方、あんな価値観、、、、、

世の中の様々な人と実際に出会って話しをするのは難しいけど

それと同じことができるのが本を読むことだと思う。

私は今まで知らなかった人の考えや視点を知って

世界が広がってワクワクしはじめました。

今までずっと、これからの人生を考えると恐怖や不安しかなかったけど

「私にももしかしたら可能性があるかもしれない」

「失敗してもいいから挑戦してみよう」

と、今まで考えることができなかった考えができるようになっていきました。

そして、徐々に徐々に私は前を向いて進んでいけるようになっていったんです。

東京に移住することを決意

私はついに東京に移住することを決心します。

2014年4月のことでした。

そこにビジョンはまだ何もありません。

移住できるかどうかかなり不安要素がありました。

うつ症状もまだあります。

でも、やると決めたんです。

そして、ついに無事に9月に東京に引っ越すことができました。

その2ヶ月後には仕事を見つけて働き始めました。

それでもまだまだうつ症状はところどころあって完全に治っていたわけではありませんでした。

それからも私は常に本を読み続け、視野を広げる努力をしていきました。

そしてその1年10ヶ月後ぐらい経ったある日の朝

私はふとつぶやいていました。

「あ、私、もう苦しくない」

その時、完全にうつ症状から脱したことを実感しました。

4年以上も毎日毎日心臓が痛くて苦しくて辛い日々をすごしてきました。

一体いつまでこの苦しみが続くんだろうかと途方に暮れていました。

苦しみから抜け出せる気も、そんな日が来ることも想像できなかった。

でも、今はもう苦しくない。

涙を流してばかりの辛い状態じゃない

普通に生活ができて、普通に過ごしている

よくここまで来れたな、自分

うつを発症してから完治まで長かったです。

大きな出来事がたくさんありました。

今私はごく普通に生きて、ごく普通に生活しています。

ただ普通に生きれることがこんなに素晴らしいことなのかと

時々ふと思うことがあります。

私は今後、もううつ病になることはないと思っています。

これだけの苦しみに耐えてきたっていうのは自分にとって大きな励みになると思うから。


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投稿者プロフィール

真衣
真衣
4年かけてうつ病を克服。
投薬期間1年2ヶ月。
断薬期間3週間。

断薬してから鬱症状を克服するまで約3年。

一番苦労したのは自己否定から来る
ネガティブな感情の対処でした。

詳しいプロフィールはこちら↓
自己紹介〜言語障害に苦しんだ幼少期から現在に至るまで〜
はじめまして。 真衣です。 2018年現在41歳です。 私は35歳でうつ病を発症して 仕事を失って、未来を失いました。...

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