「死にたい」という言葉に秘められた思い

こんにちは、真衣です。

「死にたい」って何度つぶやいただろう…

うつ病だった頃の話しです。

うつだった頃、これとは別のブログを書いていました。
ただただ苦しさをぶちまけるだけのブログです。

うつの真っ只中だった時は

「死にたい」「もう生きるのがいやだ」

そんな言葉がブログ内に大量にあふれていました。

本当にこの世から消えてしまいたかったし
生きるのがつらかったです。

でも、実際に手首を切ったことはあるけど死ねるほどは切れなかった。

やはり本気で自殺するまでではなかったんです。

死にたい人の気持ちが本当にわかる人はいない

今はSNSなどでも「死にたい」というつぶやきは珍しくないですね。

でも本気で自殺する気になっている人はわざわざSNSやブログに

「死にたい」と書き込みしないでしょうね。

本気の人は気持ちが揺るがないうちにさっさと実行してしまいそうです。

だからといってSNSに「死にたい」ってつぶやくのは

決してふざけてるわけでもないし、

ただかまってほしいわけではなく、

「死ぬな」って言われたいわけでもない。

「かまってほしいだけだろ」

よく「かまってちゃん」なんて言ってくる人がいますが、
かまってもらったら満足するわけではないです。

多少気が楽になることもあるかもしれませんが、
かまってもらうことで解決はしないです。

「死んじゃだめ!」

「死んじゃだめ!」とかも言われますが、生きる意味がわからないから死にたいのにただ死ぬなと言われても何も納得できるものがないです。

「親や友達が悲しむよ」

「周りが悲しむから死んじゃだめ」ってよく言う人がいるけど、
私にとってはその言葉はとても不快でよけいに苦しみが増します。

まるで

“お前は周囲の人のためにこれからも我慢して苦しんで生きろ!”って言われてるみたい。

生きるのは周囲のためであって自分のことなんてどうでもいいんだ、みたいに聞こえるんですよね。

自分をないがしろにされた気持ちになって余計に生きるのが嫌になる言葉です。

それに私の場合は37歳で無職でうつ病だったので自分にはまったく価値がないと思っていたから、親だって私が死んだ方が嬉しいだろうし、こんな私が死んだからって悲しむ人は一人もいないと思ってたので「周りの人が悲しむよ」はまったく無意味が言葉なんですよね。

むしろ自分が死んだほうが世の中のためになるだろうって思ってたから。

「生きていれば良いことあるよ」

生きていいても良いことがあると思えないから”死にたい”んですけどね…
って言いたくなる(苦笑)

言われてがっかりする言葉トップ3かな。

「あなたよりももっと苦しんでる人はいっぱいいるから」

これは私が実際に精神科医に言われた言葉です。

とにかく失望しました。

精神科医って人の気持ちなんか何もわからないんだなって。

あなたの主観で苦しみに上とか下とか勝手に判断しないでほしいと思いましたし、
もっと苦しい人がいるからあなたも苦しんでくださいって言われてるんだと思いました。

この精神科を後にしてから余計に精神がズタズタになって状態がひどくなりました。

「苦しいのは当たり前のことだよ。みんなそうなんだよ」って励ましのつもりなのかもしれないけど、とりあえず解決策はないってことです。

苦しむのが当たり前だと思ったら苦しみは無くなるわけではないのに。

死にたい気持ちは誰にも理解されない

「死にたい」に対してかけられる言葉のほとんどは見当違いというか、意味のない言葉ばかりだなって思ってます。

実際に私がボロボロで泣いてどうしようもない時に声をかけてくれた人はいます。

でも、どの言葉も響かないし

内心「それを言われてもなぁ…」と反応に困ってしまいました。

この人なんか色々言ってくれてるから理解した風にしてあげとこうかなって思って、逆に言ってくれた相手に気を使っていた感じです。

ほんとただそれだけでした。

でもしょうがないんですよね。

実際理解できる人なんていないから。

その時は誰かに助けを求めることしかできなかったから、その返答が期待はずれなことに対してものすごく落胆してしまってたんですよね。

でも今は”理解できないのが当たり前”って思ってるので平気です。

今の私ならわかるんですよね「死にたい」人の気持ち。

でも当時は自分でも本心がわからなかったし、表現することができなくて伝えることができなかったんですよね。

本心では

生き方を教えてほしい

生きていくためにはどうしたらいいのか誰か教えて!!

って思ってたんだなって今ならわかります。

あの頃は私もどうしたらいいのか本当にわからなかった。

私は36歳で仕事なくして、さらに吃音という言語障害持ちなので元々普通の職に就くのは難しくて。

この先まともな仕事ができないから、その日暮らしみたいな生活しかできないんだろうなって考えると、もうお先真っ暗で生きてく気がしなかった。

明るい未来なんて何一つ想像ができなくて、

辛く、苦しく、悲しい人生しかないんだと思っていました。

この先楽しく幸せな瞬間なんて二度と訪れることはない。

笑って楽しく過ごせることなんてないんだろう。

だから今後一生苦しみ続けるのなら”死んでしまいたい”って思ってた。

でも本心では、苦しまずに生きれる方法があるならそれが知りたかったんです。

苦しみばかりしかない私が、苦しまずに生きれる方法はないのか?

それがあるなら知りたかった本当は。

私が「死にたい」状態から復活できた理由

私の場合はとにかく本を読んで視野を広げたことが前進するための大きな原動力になりました。

視野、つまりいろんな人の考え方や知識です。

自分の今知っている世界は狭いです。

今でも自分の世界は狭いものだと思いますが、うつ病だった頃はもっともっと狭くて小さな井戸の底のような世界に閉じこもっていました。

世界が狭ければ狭いほど物事の考え方も狭くなって柔軟に物事に対応できなくなってしまいます。

逆に考え方や知識が多ければ多いほど自分の世界や可能性は広がります。

世界が広がり、可能性が広がる。

死にたいって人は、この先の未来が見えないって人がほとんどです。

未来に希望が持てなかったり暗い人生しか見いだせなかったりして

人生に絶望してしまうんです。

何かしら知識を得たり、誰かの意見を聞くことで

未来が見えるようになる可能性があるんです。

私は子供の頃から言語障害があって、ずっと普通に生きられないと思っていました。

なので世の中の一般常識や社会の仕組みに適応できなくて苦しんできました。

普通じゃないとわかっていながらも普通じゃない自分が嫌で嫌でたまりませんでした。

普通になりたかった。

一般社会や一般常識に適応できない人を排除・非難する世の中を恐れていたし、居場所がなかったからずっと苦しい思いをしてきました。

でも、それもちょっとした視野や知識を得ることによって心が楽になって

生きやすくなるんです。

こちらの本は世の中の常識に疑問を持つ私にぴったりでした。





・なかなか「うつ病」から抜けられないあなたへ。「うつ病」の悪循環から独力で脱出する新しい考え方【プチ認知療法】

・人間関係がうまくいかず、いつも不安で生きづらいのはなぜ?その原因と解決法とは?

投稿者プロフィール

真衣
真衣
4年かけてうつ病を克服。
投薬期間1年2ヶ月。
断薬期間3週間。

断薬してから鬱症状を克服するまで約3年。

一番苦労したのは自己否定から来る
ネガティブな感情の対処でした。

詳しいプロフィールはこちら↓
自己紹介〜言語障害に苦しんだ幼少期から現在に至るまで〜
はじめまして。 真衣です。 2018年現在41歳です。 私は35歳でうつ病を発症して 仕事を失って、未来を失いました。...

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