私は実家でうつが悪化した。うつ病になったら一人暮らしをするべき!

こんにちは、真衣です。

私のうつ病を回復させた要因のひとつは
一人暮らしをしたことです。

私は元々一人暮らしをしていてうつ病になって
働けなくなったから実家に引っ越しました。

正直、実家での生活はうつ病を悪化させました。

私はあとになって実家に引っ越したことをとても後悔しました。

私は仕事を辞めたからと言って
貯金がゼロになったわけではありませんでした。

3年ぐらいだったら生きていけるお金はあったので
必ずしも実家に引っ越さなければならないというわけではなかったんです。

仕事を失って
今度いつ働けるかもわからない状態だったので
この先の不安が募ってうつ病に悪影響だと思ったことと、
実家だったら安心できて療養がしやすいと思ったからです。

今だったら
本当に貯金がゼロになるまで
絶対に実家には帰りません。

実家は生活保護になる前の最終手段と考えています。

実家での生活は多くの苦悩とストレスのオンパレードでした。

実家にいるだけで罪悪感や負い目を感じる

私の実家は
母親と弟との2人暮らしでした。
父は10年以上前に他界しています。

実家での生活の主導権は母と弟にありました。
なので私は母と弟の顔色を伺って
居候のようにコソコソとおとなしく過ごさなければなりませんでした。

いや、本当はそんなコソコソする必要はなかったのかもしれません。

私が勝手に
「自分は邪魔者だ」
と思い込んでいただけなのかもしれません。

たとえ思い込みだったとしても
どうしても私の中で
36歳にもなって家族の世話にならなきゃいけないダメ人間が
優雅に暮らしてはいけないんだと思い込んでしまい、
負い目を感じずにはいられませんでした。

私の家族はうつ病に理解のある方だと思います。
「うつ病なんてただのわがままだ」
とか
「気合が足りないからだ」
とか
昭和世代によくありがちな
勝手な根性論を押し付けたりとかはしませんでした。

ただ、時々
家事をお願いされることはありました。

家事をすることで気晴らしになるとか
リハビリになるとか考えてのことだとは思います。

でも、そうやって
なにかお願いをされても
どうしても体と気が重くて出来ない時がありました。

できないからと言って文句を言われたりはしなかったけど
それを自分で自分を責めてしまいました。

「申し訳ない…」
「また役立たずだと思われた…」
と自己嫌悪に陥ってしまいました。

家族は決して私に何か責めたり
邪魔者扱いとかはしませんでした。

でも、どうしても
共同生活という場では
家族に気を使ってしまうんです。

まったく誰にも気を使わずにいるなんて
私には無理でした。

何も言われなくても
「私はこの家にいるだけで迷惑なんだ…」
と思い込んでしまっていて
それがうつ病には良くなかったなって今は思います。

母も弟も働いています。
働いている家族2人に対して
私は何もせずにただ寝て食べているだけ。

その相対的な比較を毎日せざる得なくて
それがさらに苦痛になっていきました。

家族はあんなにしっかりちゃんと働いてるのに、
私だけ何もせずにただ居候してるだけなんて
みっともないし情けない…

早くいなくなればいいのに
って思われているんだろうな
と考えずにはいられませんでした。

毎日が被害妄想でした。

とてもじゃないけど
心がゆったり落ち着くなんてことはありませんでした。

常に申し訳無さと
罪悪感でいっぱいでした。

共同生活での不自由さによるストレス

それと、やはり
家族との共同生活がとてもストレスでした。

うちは昔から夕飯の時間が遅くて
それがすごくストレスでした。

遅いのが嫌なのでひとりで作ってひとりで食べたいところでしたが、
なんかそんなことすると感じが悪いと思ってできませんでした。

なので仕方なく
お腹が減って限界通り越してイライラしながら
ご飯が食べれるのを待っていました。

それから
お風呂が好きな時間に入れない。
洗濯が好きな時にできない。
などなど
共同生活ならではの不自由なものが私にとってはストレスでした。

中でも一番のストレスはキッチンが自由に使えないことでした。

私は子供の頃からお料理が好きで
色んな料理もしますし
お菓子作りやパン作りも好きです。

パン作りは一人暮らしを始めてからもかなりハマってやっていて
うつ病の回復期の私にとってとても良いリハビリになりました。

パン作りは特に工程が楽しくて好きです。

でも、うちでは私は自由に料理をすることができませんでした。
その理由は
母が冷蔵庫を常に占領しているからです。

母は悪気があって冷蔵庫を占領しているわけではなく
昔からのクセで冷蔵庫の中を常にパンパンにしていないと気がすまないのです。

本当にギッチギチに冷蔵庫が満パンなんです。

なので、私が何かお料理がしたくて
材料を用意しても冷蔵庫に入れられないのです。

冷蔵庫がまったく自由に使えないのです。

料理の材料に限らず、
アイスとかおやつを買ってきても
それを入れるスペースがないのです。

なので、自分が食べたいものや作りたいものが
自由にならかった。

そのストレスはかなり大きかったです。

私は料理がストレス発散になったり
楽しみになることがわかっているので
すごくやりたかったけど
キッチンの自由がなさすぎて何もできませんでした。

こんな不自由な生活では
もうストレスの限界だ…

そう思って私は引っ越しを決意しました。

このままでは永遠にうつ病は治らないと思いました。

逆にストレスが溜まって
もっとうつがひどくなりそうでした。

私は我慢の限界を感じて
一人暮らしを決意しました。

うつ病を治すために
私は一人暮らしをしなければならないと強く思いました。

一人暮らしを始めたらどんどんうつ病がよくなっていった

その時まだうつ病は全然治ってないし
仕事もない状態でしたので
家を借りるのは難しい状況でしたが、
なんとか家を借りることができました。

引っ越しをして一人暮らしになって
ひとりってなんてストレスがないんだろう」って
改めて実感しました。

ひとりになったことによって
いくらでもゆっくり寝ていられるし
好きな時に起きて
好きな時に食べたいものが食べれて
好きな時に出かける

誰の目も気にすることがない。

誰かに罪悪感や負い目を感じることもない。

何もできなくても
「申し訳ない」と思うこともない。

ひとりになったことで
今まであったたくさんのストレスから解放されることができました。

そこから私は回復が早かったです。
3ヶ月後には仕事を見つけて働き始めました。

うつ病はかなり軽くなっていました。

実家にいたらこの回復は絶対にありえなかったです

実家にいながら回復やうつ病を改善なんて
おそらくできなかったはずです。

うつ病にとって自由は大事です。

そもそも、うつ病の原因は”不自由さ”と言ってもいいと私は思ってますから。

本来、何にも囚われずに何もかもが自由になったらうつ病なんてならないと思うんですよね。

なので、一人暮らしをするってことは
多くの不自由さからの脱却になったということです。


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投稿者プロフィール

真衣
真衣
4年かけてうつ病を克服。
投薬期間1年2ヶ月。
断薬期間3週間。

断薬してから鬱症状を克服するまで約3年。

一番苦労したのは自己否定から来る
ネガティブな感情の対処でした。

詳しいプロフィールはこちら↓
自己紹介〜言語障害に苦しんだ幼少期から現在に至るまで〜
はじめまして。 真衣です。 2018年現在41歳です。 私は35歳でうつ病を発症して 仕事を失って、未来を失いました。...

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