自己紹介〜言語障害に苦しんだ幼少期から現在に至るまで〜

はじめまして。
真衣です。

2018年現在41歳です。

私は35歳でうつ病を発症して
仕事を失って、未来を失いました。

絶望して何度も死のうとしました。
生きる意味がわかりませんでした。

そんな絶望の底で苦しんでいた私ですが、
今はうつ病を完治して
まるでこれまでの自分とは別人のような自分で生きています。

うつ病の時は
自分がうつ病を治して普通に生きられるなんて想像できませんでした。

一生苦しみ続けて生きるんだろうな、と。
私の人生なんてそんなものなんだとしか思えませんでした。

でも、私は変わりました。
時々今の変わった自分を信じられないと思うこともあります。

私は今の私が好きです。
今の自分に自信を持っています。

40年間生きてきて
こんなふうに思えたことは初めてです。

なぜなら、私はこれまで生きてきて幸せだとか思ったことがない人生だったからです。

毎日が恐怖と苦しみだった子供時代

私は4歳ぐらいの時に
吃音という言語障害を自覚しました。

吃音とは、
自分が発したい言葉が口からうまく発することができない障害です。
吃り(どもり)とも言います。

山下清さんを題材にしたドラマ
「裸の大将」がそれです。

「ぼっ、ぼっ、ぼぼぼ、、ぼくは、お、お、おにぎりが…」
というあれです。

自分では言おうとしている言葉が
口から思うように出てこないという症状です。

子供はあのドラマのしゃべり方を真似して
バカにしたり笑ったりしますよね。

私も小さい頃、バカにされたり真似されたりして
恥ずかしくて悔しくて悲しい思いを何度もしました。

そんな経験から
「ちゃんとしゃべらなきゃ笑われる…」
と思い
しゃべること自体に恐怖を感じるようになっていきました。

しゃべることが怖くて、
しかもできないことが悔しくて、、、
私はどんどんしゃべることができなくなりました。

結果として
人とのコミュニケーションがうまくとれず、
端から人と接することを避けるようになり、
孤独で寂しい人生を歩むことになりました。

私は40歳を過ぎた今でも吃音は治っていません。

伝えたいことを相手に伝えられない歯がゆさに
情けなくて悔しくて
今でも泣いてしまうことがあります。

ものすごい苦痛です。
相手から誤解されたりすることは多々あります。

学生時代は毎日が生き地獄

特に学生時代は毎日が地獄でした。

学校生活では
発言をしなければならない場面が多々あります。

クラス替えがあれば自己紹介をさせられ、
本読みや発表など
毎日ではないけど
大勢の前で発言をさせられるのが当たり前です。

小学校1年生の時の最初の頃に
先生に当てられて答えなきゃいけない時に
私はその問題の答えをわかっていて答えようとしてるのに答えることができませんでした。

「4です」
というたったそれだけの言葉を言おうしているだけなのに

「よっ、よっ、よよよ…」

と言葉が出てきません。

周囲からは笑い声、
それからヒソヒソ声が聞こえてきます。

「あいつなにやってんの?」

「頭おかしいんじゃね?(笑)」

私は笑われてる恥ずかしさと
誤解されてる悔しさと
ちゃんとしゃべることができない自分に対する悔しさで涙が溢れました。

その一件があってから
発表というものが恐怖になりました。

先生に当てられることや
順番に本読みをすることが
怖くて怖くてたまりません。

「また笑われる…」と思うと怖くて
当てられても何も言えなくなっていきました。

当てられてもただ黙ってうつむいてしまうのです。

先生には私が障害があることを母が伝えていたのでそれなりにわかってくれてはいたのですが、それでも先生なりに私に普通になってもらおうとしたのかなんなのかわかりませんが、いつもいつも特別扱いをしてくれるわけではありませんでした。

「今日はがんばれるかな?」
とあえて発言させようとしたりもしました。

でも、どんなにがんばっても
できないものはできないのです。

結局そのたびにまた笑われ
バカにされました。

クラスの男子から時々

「おまえ本当はしゃべれるのが嫌だから黙ってるだけなんだろ?」

とか

「自分だけ特別扱いされようとすんじゃねーよ!」

とかも言われました。

そんなんじゃないのに…

勝手なこと言われて
「違う!そうじゃない!」
って言い返したかったけど、
私は何も言い返せませんでした。

その言葉すら出てこなかったんです。

吃音という言語障害を誰も理解してくれませんでした。

誰も理解してくれない中で生きていかなければならなかった私は
死ぬほど学校が嫌いでした。

私の中では学校は

苦しむために存在するもの
という認識でしかありませんでした。

学校に生きたくなかった。

毎日が恐怖でした。

いつ先生に当てられるか、、、
いつ本読みをさせられるのか、、、

毎日毎日ビクビクと恐怖に怯えながら生きていました。

なんで自分だけがこんなに苦しめられなきゃいけないのか…

私は自分自身を呪いました。

どうして私だけが…

皆は何も苦ににならずに当たり前にできることが
どうして私にはできないんだ!!

どうして私だけ…

悔しくて悔しくて何度もひとりで泣きました。

学生時代は
私にとっては真っ黒な泥沼でもがくような生活でした。

誰も助けてくれない
誰も理解してくれない

そして
私は普通の子よりも劣った人間なんだ
ということを認識せずにはいられませんでした。

他の子たちが当たり前にできることが
私にはできないという現実を
何度も何度も体験してきたことによって
私は劣ってるんだ。
ダメな人間なんだ。
と、強く認識していくことになったのだと思います。

大人になった今でも
自己否定感が強く
すぐに自分をダメ出ししてしまいます。

それは子供の頃に植え付けられた認識からかもしれません。

私はどんどん性格が歪んで
誰も信用できず
閉鎖的な人間になっていきました。

社会人になってからも言語障害は治りません。

がんばって克服しようとしました。

でも、どうがんばっても
私は電話対応というものができませんでした。

社会人にとっては電話は基本中の基本というか
当たり前のもの。

それができなかった私は
やむなく会社を退職しました。

今まで4社ほど転職しましたが、
ほとんど原因は電話対応です。

入社したばかりの時は電話業務がなくてしばらくは働けたけど、
途中から取引先への電話をしなければならなくなり、
それがどうしてもできなくて退職したという経緯です。

ほんとに私は社会人として無能なんだなってことを痛感しました。

人間として底辺なんだと思わずにはいられませんでした。

自分が情けなくて悔しかったです。

何をしても
どうがんばっても
私はうまくいくことはないんだって思いました。

そうやって無能ながらにそれなりの仕事をしながら生きていたのですが、
35歳の時にマンション住人の騒音によりうつ病になりました。

仕事ができなくなりました。

普通の生活もできなくなりました。

神様は私から何もかもを奪うんだな…

その時、私は生まれてから一生
幸せになってはいけない運命なんだなと悟りました。

子供の頃から地獄の毎日を生き、
社会人になってからも底辺を生き、

そしてその底辺の生活すらも奪われたのです。

私って一体なんなんだろう?

なんでこんな苦しめられなきゃいけないんだろう?

「死ね」と言われてる気持ちでいっぱいでした。

死んだ方がいいんだろうかと、

死ぬべきなんじゃないかと、

毎日毎日そんなことしか考えることができませんでした。

うつ病になってから読み始めた本によって私は変わった

そうやって死ぬことしか考えられない毎日を過ごしていましたが
ある時から少しづつ外に出歩けるようになり
本をよく読むようになっていきました。

そこから、少しづつ私は変わっていきました。

本を読むようになって考え方がどんどん変わっていったのです。

生きることが怖くて苦しみでしかなかった私が
勇気を持てるようになったり前に進んでいけるようになっていきました。

今までの私は
つねに暗闇の中心にいて
そこから抜け出すことができませんでした。

でも、まずはそこから抜け出そうとする勇気を得、
前を向いて進んでいける力を得ていくことになりました。

行動ができるようになるには考え方や心が変わる必要があります。
感情なしに人は行動はできません。

私はまずは頭の中を変えていったんです。

本で得たものは、ようは知識です。
考え方の知識というもの。

私は今まで生きてきて
知識が足りなかったから
苦しんでただけだったんだってことに気が付きました。

私達は普通にただ生きてるだけでは
なかなか新たな良い知識に出会うことは難しいものです。

なので私は「自分に知識がない」
ということに気づかずに生きてきたんです。

そのことを今ではヒシヒシと身にしみて感じています。

私は特に閉鎖的な人間だったので
人と関わることが少なかったために
余計に考えが偏ったり、
新しい意見や知識を入れるということができなかったんだと思います。

考え方ひとつかわれば
ちょっとしたチャレンジをする勇気が得られたり
「怖い」と思っていたことを怖いと思わなくなったりするものです。

知識ってすごいものです。

私は知識を知っただけで
自分のこれまでの負の感情がどのように起こるのかや
なぜ自分はこんなにも苦しい思いをしてきたかも
わかるようになりました。

これは脳科学や心理学の知識を得たからです。

自分の感情がわかるようになると
他人の感情もわかるようになります。

これがわかると世界が変わって見えておもしろいのです。

見える景色が違って
今まで生きてきた世界じゃない世界で生きてるような感覚で
私は生きることができています。

得たものは知識です。
ただそれだけ。

不幸の塊のようだと思っていた自分が
今は「世の中っておもしろいな」と
ワクワクする目線で見えています。

私は今、苦しい思いしかなくて
死にたくて、消えたくてたまらない人に
少しでもそこから抜け出せるような何かを伝えて行けたら思うのです。

今、日本の自殺者は年間2万人弱です。

うつ病患者は10人に一人と言われています。

自殺もうつ病も
生きることへの苦しさが要因でしょう。

苦しんでる人はたくさんいるのです。

でも苦しむ原因を人は皆知りません。

自分が苦しんでいるのになぜ、どうやって、どういう仕組があるから苦しむかと知りません。
私もそうでした。

でもそのシステムや仕組みを知るだけでも
苦しみに対する捉え方や見え方が変わるはずです。

それがわかれば見える世界が変わります。

それに必要なのは知識だけ。

苦しみを変えるのは知識だけで良いのです。

私はその小さな真実を
少しづつ伝えたいです。

苦しみや生き辛さを解放した私にできるほんの少しのことがこのブログだと思ってます。

どうぞよろしくおねがいいたします。

真衣





・なかなか「うつ病」から抜けられないあなたへ。「うつ病」の悪循環から独力で脱出する新しい考え方【プチ認知療法】

・人間関係がうまくいかず、いつも不安で生きづらいのはなぜ?その原因と解決法とは?

投稿者プロフィール

真衣
真衣
4年かけてうつ病を克服。
投薬期間1年2ヶ月。
断薬期間3週間。

断薬してから鬱症状を克服するまで約3年。

一番苦労したのは自己否定から来る
ネガティブな感情の対処でした。

詳しいプロフィールはこちら↓
自己紹介〜言語障害に苦しんだ幼少期から現在に至るまで〜
はじめまして。 真衣です。 2018年現在41歳です。 私は35歳でうつ病を発症して 仕事を失って、未来を失いました。...

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コメント

  1. 小倉コウイチ より:

    初めまして。小倉と申します。
    苦しい体験から得た貴重なアドバイスありがとうございます。
    早速覚悟を決めてジャンプしてます。(笑)これからまだまだじっくり
    読ませていただきます。よろしくお願いいたします。

    • 真衣 より:

      小倉様

      ご訪問ありがとうございます。
      コメントいただきとても嬉しいです。

      ジャンプ(笑)
      簡単に血行が良くなるので知っておいて損はないかと。
      ひとりでやってると急に恥ずかしくなる時ありますが(笑)

      真衣