私は絆に苦しめられた。人が助け合うにも限度があることを知った。

”絆(きずな)”

という言葉は、東日本大震災の時によく使われていました。

震災の被害に遭っって困っている人がいると知って
「自分にできることを何かしたい!」
とほとんどの人が思ったのではないでしょうか。

私達はみんな仲間なんだ!
私達は助け合って生きているんだ!

ということを強く認識した出来事でした。

その中で”絆”という言葉は頻繁に使われていました。

絆というと、私は
「深い繋がり」というようなイメージを持っていました。

実際に絆という言葉を調べると
「断とうにも断ち切れない人の結びつき」
と書いてあります。

しかし、そのような意味で使われるようになったのは最近のことで
元々絆という言葉はまったく違う意味で使われていました。

絆(きずな、きづな)は、本来は、犬・馬・鷹などの家畜を、通りがかりの立木につないでおくための綱。しがらみ、呪縛、束縛の意味に使われていた。

今は絆というと良いイメージで使われていますが、
元々はしがらみ、呪縛、束縛というネガティブな言葉だったんですね。

このことを知って
なんだか考えさせられました。

世間一般には

”家族の絆”
”友達の絆”

などというと、
大切で大事にするべき誇らしいもの
みたいな扱いをされていますよね。

しかし、元来の意味に言い換えると

”家族のしがらみ”
”友達の束縛”

です。

家族や友達との関係によって
もたらされる幸福。
それを”絆”と言ってもおかしくありません。

しかし、家族や友達の関係が時には
しがらみや呪縛に思えることはないでしょうか?

私は正直あります。

私はこれは紙一重だなと思っていて
言葉っておもしろいなと思ったんですよね。

”絆”という言葉に翻弄された

私は
”人は絆によって助け合うものだ”
という認識に苦しめられたひとりです。

困ってる人がいたら助ける
ということが当たり前のように語られていますが、
私が鬱になって苦しんでいても
誰も助けてくれなかったです。

とくに会社はシビアでしたね。
あくまで雇用関係でしかないので当たり前かもしれませんが
何も理解されず邪険に扱われたのは悔しかったです。

私はうつになって何日も会社を休むようになった時
会社から休職しするのか辞めるのかという話し合いを持たれた時がありました。
普段関わったことのない総務の人との話でした。

そこで総務の人は
いろんな制度があって
こういう条件で申請をしたらこういう制度を受けれるとか
○日間という条件で○日の制度があるとか
細かい内容の話をされたんですよね。

でも私はうつで体はフラフラだし
頭がぼーっとしてて
何を言っているのか全然理解できなくて
何度も聞き返したりしました。
その度にイライラされてたのが伝わってきました。

そして
「どうしますか?」
と、決断を迫られたんですが、
まず話がややこしくて理解できなかったし
決断する力もなくて
「考えさせてください…」
と言いました。

そしたら
総務の人はイライラした口調で
「なんで長引かせるんですか!?」
そして
「もう辞めればいいじゃないですか」
みたいなことを吐き捨てるように言いました。

うつ病の人が抱えている不安や苦しさ
思考低下状態など
この総務の人は何も理解はしてくれていないことがわかりました。

8年いた会社だったんですが
最後はこういう扱いでした。

所詮会社ってこんなもんなんだってわかって虚しくなりました。

そして私にとっては
「家族の絆」というものに
最も苦しめられました。

私がうつでこんなに苦しんでいるのに
どうして家族は助けてくれないんだろうって
何度も落胆しました。

うつから抜け出す手助けをもっとしてくれてもいいんじゃないかって
正直思ってました。

でも、何もしてくれないんですよね。
基本放置でした。

私は家族の絆を信じて
家族を頼って実家に移住したのですが、
逆に家族は頼ってはいけないものなんだということを学びました。

でも、今なら考えれば分かるのですが
人間誰だって自分が第一優先です。
みんな忙しいです。
自分のやるべきことがあるんです。

それに、なったことのない病気の人のことを
理解してその人の望むことができる人なんていません。

私だって、うつ病のことはわかるけど
双極性障害のことはわかりません。

もし家族が双極性障害になったとしても
きっと何をしていいのかわからないし
どんなにがんばってもその家族の代わりのように
何かをしてあげることは不可能です。

ある意味
あの時のうつの私は
家族からしたら
絆ではなく
呪縛に思えていただろうと思います。

絆によって人が助け合うことは素晴らしいことだと思います。
しかし、それを当たり前に思うことや
絆に期待してしまうことは
間違った概念だったんだなってことを
私はうつ病を通して学びました。

家族は長い時間共に過ごしてきたので
わかりあえて、助け合って当たり前だと思いがちです。

たとえ同じ時間を長く共有してきたからと言っても
それぞれ別の個体の生き物同士なんだってこと
今はよく理解しています。


・なかなか「うつ病」から抜けられないあなたへ。「うつ病」の悪循環から独力で脱出する新しい考え方【プチ認知療法】

・人間関係がうまくいかず、いつも不安で生きづらいのはなぜ?その原因と解決法とは?





投稿者プロフィール

真衣
真衣
4年かけてうつ病を克服。
投薬期間1年2ヶ月。
断薬期間3週間。

断薬してから鬱症状を克服するまで約3年。

一番苦労したのは自己否定から来る
ネガティブな感情の対処でした。

詳しいプロフィールはこちら↓
自己紹介〜言語障害に苦しんだ幼少期から現在に至るまで〜
はじめまして。 真衣です。 2018年現在41歳です。 私は35歳でうつ病を発症して 仕事を失って、未来を失いました。...

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする