私は母を尊敬していません

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この記事を書いた人
真衣

このブログは
私が36歳でうつ病になってから40歳で完治するまでにやってきたこと、学んだこと、うつ病を治す上で大切なことなどを書き留めたものです。

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こんにちは、真衣です。

 

今の私を形成したのは環境です。

その中でもやはり親の影響は大きいです。

 

とくに母親の影響です。

 

以前は母親を尊敬して好きな存在でなければならないと

洗脳されていたように思います。

 

 

でも冷静に考えたら

私は母のようにはなりたくないなという部分の方が多いです。

 

私は母のようになりたくありません。

そのへんをちょっと話そうかな、と。

 

新しいことを拒否して自分の殻に閉じこもる母

私の母は新しいことを吸収しようとしたり

新しいことにチャレンジするということを

一切しません。

 

母は携帯電話は昔から持っているのですが、

メールは使えません。

 

携帯の写真も危うくなんとか使えるといった所です。

 

メールができないということは電話しかできないので

時に私が迷惑を被るのです。

 

メールで一言連絡すれば済むような用事なのに

着信があったというだけで

わざわざこっちから電話をかけ直さないといけません。

 

電話はメールと違って時間と場所を選びます。

 

メールだったら会社にいても

トイレなどでささっと済ませることができます。

 

でも電話となるとトイレだと他の人に迷惑になるので

場所と時間を見つけてしなければなりません。

 

 

「メール使ってほしい」

と、こちらから何度も言っているのですが

「難しいよ。私には無理だよ」

と言ってやろうともしません。

 

新しいことには何もチャレンジしようとしません。

 

今の自分のまま何も成長しようとはしません。

 

そうなると取り残されて惨めな思いをするのは自分なのに。

 

 

たかがメールなのに

なぜにそこまでして拒むのか。

 

そうまでしてチャレンジすることを拒否したいのか

私には理解できません。

 

結局できないことがある人になってしまうと

それを他の誰かに頼ってやってもらうか

相手に面倒な作業をやらせることになるんです。

 

今は母には弟や姉が近くにいるので

かなり助けてもらっているようです。

 

当然母はインターネットも使えません。

なので欲しいものがある時は弟や姉にネットで買ってもらったりもしてます。

 

でも弟も姉も自分の生活がありますから

いつでもどこでも母が困った時に助けられるとは限りません。

 

そうなると困るのは自分になります。

 

母は何をするにしても

新しいことを拒否する性質があるようです。

 

昔から知っている料理ばかりして

新しいレシピに挑戦しようとかもしません。

 

洋服を買うのも同じお店ばかりです。

美容院もずーっと同じ。

 

母はたぶん30年前ぐらいから

新しいことを一切受け入れていません。

 

30年前のまま時間が止まっているかのようです。

化石のようです。

 

成長することの喜び

私は新しい知識を得たり

新しい技術を習得するのが昔から好きです。

 

もともとグラフィックデザインに興味を持って

グラフィックの学校に行って勉強してました。

 

学校が終了してからも

独学でグラフィックの勉強をするのは楽しかったです。

 

「こんなことができるようになった!」

って自分に力がついていく時に私はすごく心が高揚するんです。

 

うわーーーい!!

って最高潮にテンションが上がります。

 

 

WEBはゼロから独学で勉強して

ひとりでHPを完成させた時はものすごい達成感を得て

めちゃくちゃ嬉しかったです。

 

今は医学の知識、偉人の思想などを得て

自分の知識が増えていくことに気分が高まります。

 

自分が成長していることを実感することが私にとっての一番の喜びです。

 

人間は退化していく生き物ではありますが、

自らただ退化していくだけの道を選ぶ必要もないわけです。

 

退化しないで成長できるなら成長したいです。

 

衰えるだけの人生は嫌です。

 

 

私は母を見ては

「こんなふうにはなりたくない!」

と思います。

 

母のように何もせずに

時代や周囲から取り残されていき

成長せずに衰えていくばかりの生き方は絶対したくないです。

 

どんなに年をとっても

新しいことにチャレンジするパワフルな人間でありたいです。

 

自分をいきいきさせられるのは自分しかいません。

でもそれにちゃんと気がついたのは最近です。

私もちょっと前まで自分では何もしようとせず

誰かが何かしてくれるのを待つことしかできませんでした。

 

私は言語障害があって普通ではありませんでした。

自分は普通じゃないから

誰かが助けてくれるものだって本気で思ってました。

 

自分に欠けているものがあるなら

誰かが補ってくれるものだろう、と。

 

誰かが助けてくれるものだと。

それが世の摂理でしょ?と。

 

でも現実は誰も助けてくれないってことを受け入れました。

 

仕方ないです。

だって40年間生きてきた現実なんだから。

 

現実はちゃんと受け入れないと。

現実を受け入れた上で何をするかを考えて行動しないと意味ないですから。

 

当たり前のことなのに

気がつくのに随分時間がかかりました。

 

 

きっと母は成長することで得られる高揚を忘れてしまっているんだろうと思います。

大人になったらチャレンジも成長もしないものだと思いこんでいるのかもしれません。

成長は子供の時だけ、とか思っているのかも。

 

それって完全に固定概念ですよね。

 

何歳になってもチャレンジと成長はできます。

 

そしてチャレンジと成長は喜びを生みます。

自分自身のちからで喜びを生み出せる素晴らしい行動です。

 

成長することを忘れちゃいけない。

私は母を見て思います。

 

成長しない人、チャレンジしない人は

知識もないし視野が狭いので話していて楽しくありません。

 

世間をひがんだり愚痴ばかり。

そして自己否定。

「私なんてもう年だし、もういいの」

って毎回毎回同じことを電話で話されます。

 

ほんといやになります。

尊敬できません。

 

尊敬できない母は私にとって反面教師です。

 

私は母みたいにならないように

ずっと成長してチャレンジして生きていきたいです。


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