つらいのは病気のせい。なにもできないのも病気のせい。

うつ病
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この記事を書いた人
真衣

このブログは
私が36歳でうつ病になってから40歳で完治するまでにやってきたこと、学んだこと、うつ病を治す上で大切なことなどを書き留めたものです。

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「うつ病だから辛い気持ちになる」

「死にたいと思うのはうつ病だから」

「苦しいのはうつ病のせい」

「うつ病だから朝起きれない」

こういう言葉をよく見ます。

 

症状があるのはうつ病のせいだ

という言い方ですね。

 

そして、

「あなたを苦しめているのは病気のせいです」

と医者が患者に言う場合もあるらしいですね。

病気だから苦しいのか、苦しいから病気なのか

「苦しいのはうつ病のせい」

これって不思議な日本語だなあと

私はめちゃくちゃ違和感を感じます。

 

というのは

精神疾患のほとんどは

症状に対してつけられた病名です。

 

実際、とくに検査は何もせずに

症状を口頭で伝えることによって

病名をつけられているので

うつ病の場合は完全に

「症状があるから病気」

なんですよね。

 

ちなみにどの病気も同じというわけじゃないですよ。

 

インフルエンザなどウイルスが原因のものなどは

まず症状を聞いて

インフルエンザではないかという仮説を立て

実際に検査をした上で病名が確定されますからね。

 

病気というものはいろんな性質のものがあるので

「病気」と何でも同じように考えてたら

とんでもない間違いを起こしますよ。

 

精神疾患においては今の所

症状に対して病気をつけているということです。

 

ただ、研究としては

実際に血液検査やMRIなどで

正確なホルモンや状態を測っているというのはありますが、

実際の医療の現場ではそういうことはしなくて

口頭で症状を告げるだけで病気が確定しているという現状です。

 

なぜ人は”病気のせい”にしたがるのか

で、この

「私の今の悪い状態は病気のせいだ」

という言い方・考え方は

正直おかしな日本語ではあるのですが、

 

この言葉によって安心感を得られたり

救われる気持ちになる人がいるというのが事実なのです。

 

それはどういう理由からかというと、

”病気”という自分とは無関係の物質が

自分に悪さをしているんだ

という捉え方をすることによって

 

悪いのは自分じゃない

自分に責任はなにもない

 

つまり

自分は何もしなくていい

自分が何かをする必要はない

という結論に至りたいからです。

 

人というのは

”自分が悪い”と認めることを極力避けたがります。

 

これは自分のアイデンティティを守るためであって

自己が崩壊してしまわないように

人間に備えられたごく当たり前の機能です。

 

何か自分がやってはいけないことをした時でも

どうにかこうにか言い訳を考えてしまうのが普通です。

 

明らかに自分に非があって怒られたとしても

「確かに悪いのは自分だが、言い方ってものがあるだろう!」

とか、自分が悪いとわかっていても

何かしら「相手のここが…」など自分と無関係の部分に

無理矢理目を向けて、

悪い対象を自分だけのものにしないような解釈を

必死に考えはじめるのです。

 

あなたにも見に覚えがありませんか?

私はめちゃくちゃありますよ。

 

そして、自分が悪くないと思いたがる性質とともにあるのが

”楽をしたい”という人間の根源的な欲求です。

 

人間は”楽をする”という欲求を叶えるために

進化というものをしてきたのです。

 

世の中にある発明や新しい製品などは

すべて人間が楽をするためのものです。

 

車、飛行機、パソコン、掃除機、洗濯機…

 

どれも人間の力をどれだけ使わずに遂行できるか

というものなのです。

 

楽をしたがるというのは人間の根源的な欲求なので

私達は知らず知らず無意識に楽をしようとする

行動をとってしまっています。

 

「病気のせい」にしたがるのも

楽をしたがるという人間の性質によるものです。

 

自分のせいではないので

自分が努力したり何かする必要はない

と思えるので、そういう解釈をしたがるのです。

 

うつ病になるタイプの人はたいてい

自分を責めて自己否定をするのが癖になっています。

 

そういう人だと

「あなたは悪くありませんよ」

「悪いのはあなたではなく病気というものなんですよ」

と言われると

 

自分の罪が晴れて

救われた気持ちになるのです。

 

 

ただ、ここで注意したいのは

それによって気持ちが救われて

誰が得をするのか?

ってところです。

 

医者がこの言葉を使うことによって

「あなたは悪くないので何もしなくていいです。

薬だけ飲めばいいんですよ」

という、薬を飲むことになんの抵抗も違和感も持たず

しかも

薬を飲んでいればそれだけでいい

という催眠にかかってしまいます。

 

「病気のせい」という言葉を医者が使うと

患者はただただ医療にかかることしかしなくなるという

医者にとって得する現象が生まれるのは確かです。

 

 

患者本人も気持ち的に救われるのは確かです。

でも、気持ちが救われたからと言って

なんにもしないでいい、と思い続けていると

ちょっとまずいんじゃないかなって私は思います。

 

エスカレートして

何をしても「私はうつ病だから私が悪くない!」と

開き直ってしまってる人がいるのが見受けられるんですよね。

 

私も昔はそういうことがあったんですよね。

「私はうつ病なのに、なんで優しくしてくれないの?」

って、人を悪者として見てしまってたことがありました。

 

あとから改めて冷静に考えたらそれって

他人からしたら「傲慢」以外の何者でもなく、

 

ただただ相手にしたら迷惑なだけなんですよね。

そりゃそうですよ。

だって自分のことしか考えてないんだもん。

 

だからと言って、うつ病になるのは本人が悪い!

と言いたいわけではないんです。

 

決してうつ病になる人が悪くてうつ病になるわけでないのだけど、

実際のところは

自分が自分を変えようと行動をしない限り

うつ病から抜け出すことは不可能だってこと。

 

「自分は何も悪くないから」

と言って、何もせずに

誰かがなんとかしてくれるのを

待ってるだけで世の中が本当に変わるでしょうか。

 

そうやっている自分をかっこいいと思えるでしょうか?

周りから尊敬されたりする存在になりえるでしょうか?

 

周りから見ても、自分から見ても

何かに向かって進んでいる人っていうのは

かっこいいですし、その行動自体が自信につながったり

するものです。

 

「自分は何も悪くない!」

と言って何もしない人が

自分に自信を持てたり、周囲から慕われたりすることって

まずないですよね。

 

同類が寄ってくることはあっても

尊敬されたり慕われるとかはないですよね。

 

もちろん、自分はそれで満足だ

というなら良いんですけどね。

 

 

私の場合は

一歩引いて第三者から見たときに

「こんな人いやだわ」

って思うような人に自分がなりたくないですよね。

 

自分で自分を慕えない、尊敬できないのって

悲しいというか、、、

それ自体がアイデンティティの損失になるんじゃないかな。

 

私がうつ病を治せたのは

私は自分を守るため

自分自信を嫌いにならないために

自分のために行動を起こしたからです。

 

「今の悪い状態は病気のせいだ!」

っていう認識は

前向きな行動を排除してしまう

危険なものだと私は思います。


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