「がんばったんだね」と言われるのが嫌いな理由

うつ病
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この記事を書いた人
真衣

このブログは
私が36歳でうつ病になってから40歳で完治するまでにやってきたこと、学んだこと、うつ病を治す上で大切なことなどを書き留めたものです。

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こんにちは、真衣です。

 

私は「がんばったんだね」って言われると
違和感があるし、むしろ嬉しくない気持ちになります。

 

それってなんでなんだろう?
ってずっとわからなかったんですが、
最近わかってきました。

「うつ病の人はがんばりすぎ」

ってよく言われますよね。

ですが、
私はこのセリフに納得したことが一度もないです。

 

昔、本屋さんで

「がんばらなくていいんだよ」
「がんばるのをやめよう」
「がんばっているあなたへ」

みたいなタイトルの本を初めて見た時も
すごく違和感があって

 

とりあえず自分向けの本ではない
と思って素通りしました。

 

「がんばったんだね」と言われても嬉しくない

うつ病の人への決り文句みたいに
「がんばったんだね」
とか言われると

「え?何が?」って言いそうになるし
本気で何のことだかわからない。

 

だって、私がんばってる意識がないから。

 

勉強嫌いだから全然やらなかったし
がんばって何かやったってことが
本当にない。

 

苦労したり辛い思いをすることがあったとしても
べつにそれはがんばったわけでないからね。

 

正直私はがんばったっていう
実感をほとんど持ったことがない。

 

グラフィックの勉強とか
HP作る勉強とかはがんばってしたけど
それって自分がやりたくてやったことだから
「がんばった」という感覚じゃないんだよね。

「がんばったね」に納得行かない理由

それよりもなんか
「がんばったね」って言葉が嫌いなのって
別の捉え方があって、

 

というのも私は現実として
ろくな人間じゃない。

 

人からは嫌われることが多いし
人から尊敬されるような能力も実力もない。

 

何の取り柄もない
こんなろくでなしみたいな私に
「がんばったね」なんて言われると

 

「がんばってるのに
 こんな結果しか出せないのね

 

 あなたって

 とんでもなく無能なのね」

 

に聞こえるわけですよ。

 

現実が成功して上手く行ってる人に
「がんばったんだね」
だと褒められてる気が
するかもしれないけど。

 

何も成果が出てない人に
「がんばったね」は

無能扱いしてるのと同じだと思うんですよね。

がんばったかどうかはどうでもいい

私が大事だと思ってることは

がんばったかがんばってないかで
物事を判断しない

ということです。

 

いくら自分ががんばったからと行って
成果がでなかったらそれは失敗なのです。

 

なのに「がんばったのに!」と
自分のひとりよがりな気持ちにばかり
目が行っていると

じゃあ、なぜ失敗したのか?
という本質を永遠に無視することに
なりかねない。

 

「がんばったね」を褒めてもらって
喜ぶのは幼児期の子供にとっては
必要かもしれないけど、

 

やっぱり私は現実を生きていきたいので
「がんばったかどうか」ではなく

事実に目を向けて行きたいです。


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