共通の仲間を作ることで得られるものと失うもの

心理・気持ち
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この記事を書いた人
真衣

このブログは
私が36歳でうつ病になってから40歳で完治するまでにやってきたこと、学んだこと、うつ病を治す上で大切なことなどを書き留めたものです。

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こんにちは、真衣です。

今日は付き合う人、仲間を持つことについて
思ったことをつぶやきます。

こんな人が好き、こんな人が嫌い

私はキラキラした人が好きだし、
かっこいい人が好きだ。

言い方が抽象的なので
もうちょっと具体的に言うと、

自分のやりたいことを楽しんでいて
自分に満足している人。

 

逆に好きじゃないのは
不満や愚痴を言ってるだけで
自分で何もしない人。

 

これは完全に過去の自分だし、
今でも時々こんな自分になる時がある。

 

不満や愚痴を言うことしかできない人というのは
そもそも自分になにかできると思っていない。

だから不満や愚痴を言って何もしない自分を
何も間違っていないと思い込んでる。
私はそうだった。

 

「私は出来損ないだから自分にできることはない」と
完全に思い込んでいたので
どうにかしようという気持ちすら沸かなかった。

 

だから、キラキラした人には
ひがみや嫉妬しかなく、
素直に憧れるなんてことができなかった。

ネガティブ感情のつながりはいらない

私は学生の頃
いわゆる「イケてないグループ」に属していた。

そのほうが安心だったから。

 

キラキラした人、かっこいい人には
引け目を感じて
そういう人とからむと自分が落ちぶれているのを
実感するから、それが惨めでいやだった。

だからあえて”イケてない”と認識している人を
選んで付き合っていた。

 

でも安心はするが
正直心の中で満足しているわけじゃなかった。

 

本当は自分のキラキラかっこいい人と
友達になりたいし、自分もそうなりたいと思っている。

でもそうなれないから仕方なくそうしてた。

 

安心感はあったけど
満足はしていなかった。

 

自分でイケてないとわかった上で
仲間といっしょにいる
という行為をすることで

本当に心から自分に満足してないと
自分ではっきりわかっていた。

 

なのに満足してない自分を
仲間を得ることで正当であると錯覚してしまう。

仲間を得るというのは
ようは他者からの承認を得ていることだ。

 

他者承認を得ると人は満足すると思いがちだけど
実は違う。

他者からの承認では満足しない

他者からいくら認められても
自分で自分を認めてないと
本当の満足にならない。

 

時々、有名な俳優やアーティストが自殺することがある。
「あんなに世間から認められている人がなぜ?」
と思うかもしれないが、
これこそ他者承認があればいいわけではない
ということがわかる事例だ。

 

自分が自分に対して
承認や肯定ができるかどうかが
本当の満足であり幸せなのだ。

自分に満足してない人が同類とつるむ危険性

自分はこのレベルだからこれでいい
このままでいい

同じ境遇の人達がいるからそれでいい

というのはただの諦めで
開き直りだ。

 

それは自己肯定ではない。

 

諦めや開き直りで
「自分はこれでいい」
と思うのと

自分で自分を肯定した
「自分はこれでいい」
と思えることはまったく別だ。

 

いくら仲間を得て安心感を得ても
それは自分への満足にはならないということ。

 

自分を好きじゃない自分を
いくら好きになってもらっても納得できないから
満足できない。

でも
自分を好きな自分を好きになってもらえたら
喜びは何倍にもなって満足感も違うものになる。

まとめ

自分に満足してないのに
そういう自分と同類の人と仲間になることで
簡単に安心感は得られる。

でも
安心感は得られても満足感はない。

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